千葉県栄町の水塚 ― 2016年11月03日
Roland JP-8000 メンテナンス ― 2016年11月02日
秘蔵のセミ・ヴィンテージシンセサイザー、JP-8000のメモリバックアップ電池の交換をしてみた。
同機は1996年発売のアナログモデリング機である。トランスなどで多用された「プキャーッ」という感じの音色の「SUPER SAW」波形をRolandで初めて搭載した。
アナログモデリングシンセサイザーとはいわゆるアナログシンセサイザーの挙動をコンピュータ上で模倣するものだ。特にJP-8000はボリュームやスイッチなどの豊富な操作子を駆使して感覚的に音作りができる逸品である。
同機は1996年発売のアナログモデリング機である。トランスなどで多用された「プキャーッ」という感じの音色の「SUPER SAW」波形をRolandで初めて搭載した。
アナログモデリングシンセサイザーとはいわゆるアナログシンセサイザーの挙動をコンピュータ上で模倣するものだ。特にJP-8000はボリュームやスイッチなどの豊富な操作子を駆使して感覚的に音作りができる逸品である。
裏蓋はベニヤ板で24箇所ものネジでとめられている。ネジ穴をバカにしないためにゆっくりとゆるめるので外すだけで十数分以上かかる。
ネジは豆腐のパックに確保。電池はCR2032を一個使用。この電池を使っている電子楽器は実に多く、中古品の消耗・交換がとかく問題になる。
蓋が外れた状態。キーボードの基板と操作部の基板がほとんどで、上方の左寄りの白っぽい長方形の部分がメインボード。
メインボードには厳重に鋼板のシールドがかけられており、これだけのために9本ものネジが使われている。特に力がかかるわけでもないのに過剰に思われる。
似たような性能のKORG機の内部にはあまりシールドは無く、増設音源ボードも4本ぐらいのネジで剥きだしのまま取り付けた記憶がある。
バックアップ電池が見えた状態。シールドを完全に外すにはケーブルのコネクタをはずさなければならないのでずらしただけで交換することにした。交換には電池のショートを避けるためプラスチック製のツールを使用した。
開けたついでに電源部のコンデンサー等をチェック。今の所見た目では劣化等は見られない。
同じくアナログ音声等の入出力部をチェック。左上のやや大きい黒いものはMIDIジャック部。INとOUTのみでTHRUは無い。
裏蓋の裏もアルミホイル状のシールド膜が貼られている。
ネジを1個だけ使用して裏蓋を仮どめした状態でテストと調整を行う。この機種は電池を外してメモリがリセットされるとベンダーとリボンコントローラーの初期化をしなければならない。ある数個のスイッチと電源スイッチを同時に押してメンテナンスモードで起動して各種初期設定をする。この後に蓋を完全に取り付けて出来上がり。
諸先輩がたがいろいろ調べてネットにあげていてくれるおかげで分解から調整まで滞りなく進めることができた。
群馬県藤岡市宿神田地区遺跡群現地説明会 ― その4 K-11号古墳 ― 2013年07月25日
石室はやはり凝灰岩切石と自然石の併用。石室前はまだ掘りすすめられていないようだ。
あまり上部は残っていないが持ち送りはわかる。奥壁の欠損は墳丘の破壊と関係あるのだろうか。
南西部の葺石と埴輪列の状態。
墳丘に密着しすぎな感じの埴輪列。こちら側は円筒中心らしい。南東側と北東側には人物や馬、器財などがある。
裏込めが見えている北側の損壊部。今にして思えばこうして細っていたため昔は隣の12・13号とつながって土塁状に見えていたのかと納得。
北東側、崩落したような状態の埴輪。中央に筒状に見えるのは靫形埴輪らしい。
参考図とは少し違うが緒らしき造形があることで靫らしきことがうかがえる。
群馬県藤岡市宿神田地区遺跡群現地説明会 ― その3 K-10号古墳 ― 2013年07月12日
東側の状況。今回公開の範囲では最西端になる。径約10mとされる。一部に葺石が見える。これらのようなほぼ積石塚では葺石と言うより積石の表面とでも言ったほうが良いような気もする。
羨門脇裾の葺石と埴輪列。一部にすぎないためか直線的に見える。
正面。羨門前にまで埴輪列がまわって塞いでいるように見える。追葬を前提にしていないのだろうか。
玄室は主に凝灰岩切石で羨道付近には自然石が多めのこの群の定番パターン。刀が一振りしか残っていなかったらしい。
西側埴輪列の一部。先が開いているので朝顔形埴輪か。
北西部のトレンチ。白い土嚢側が古墳。石敷の帯のようなものが見える。今回各古墳の外周施設についてはあまり明らかにされていない(説明資料のイメージ図には周溝が描かれている)が、周堤の一部のようなものか。
北東側のかなり北寄りにも埴輪列が残っていた。説明会資料にはK-10とK-11は「石室正面を中心に半周だけ」とあるがどういうことだろうか。まさか鬼門除けでもあるまいに。あるいは本来全周にあったのか。
群馬県藤岡市宿神田地区遺跡群現地説明会 ― その2 K-9号古墳 ― 2013年07月11日
群馬県藤岡市宿神田地区遺跡群現地説明会―その1 ― 2013年07月08日
現在宿神田(しゅくじんだ)地区の土地改良事業にともない周辺古墳群の一部の調査がすすんでおり、このたび現地説明会が催された。
簡単に言えば区画整理をしているわけで、調査後どうなるのかが気にかかる。事業の計画書の概要には「施工時には古墳を避けた計画をし、遺跡群を守る配慮を図る」と記されており我々としてはそれを信じて地元を応援したい。
また、この古墳群は「三名川古墳群」「神田・三本木古墳群」「美九里地区~号墳」などと呼称が入り乱れてややこしい。群馬県では平成24年度から27年度にかけて古墳総合調査が行われるということでもあり、それによる整理も期待される。
調査区の2012年春頃の様子。当時の細長い土塁状のものは近接した複数の円墳であること、削平された古墳があることなどが明確になった。
簡単に言えば区画整理をしているわけで、調査後どうなるのかが気にかかる。事業の計画書の概要には「施工時には古墳を避けた計画をし、遺跡群を守る配慮を図る」と記されており我々としてはそれを信じて地元を応援したい。
また、この古墳群は「三名川古墳群」「神田・三本木古墳群」「美九里地区~号墳」などと呼称が入り乱れてややこしい。群馬県では平成24年度から27年度にかけて古墳総合調査が行われるということでもあり、それによる整理も期待される。
調査区の2012年春頃の様子。当時の細長い土塁状のものは近接した複数の円墳であること、削平された古墳があることなどが明確になった。

出土品の一部の展示。刀子・刀・鉄鏃、埴輪の一部、装飾品など。器類が極めて少ないのは整理状況によるものか。

今回の調査対象は6基で以下のような配置になる。もちろん周辺にはこれら以外にも多数の古墳がある。
北東から見た現在の調査区全景。貴重な平坦地であり、耕作地として有効に利用したいのももっともである。遠景の森や丘にも多数古墳がある。

調査区北西近くの高橋塚古墳。全長24mほどながら形の良いトランジスターグラマー(超死語)的前方後円墳。前方部の角も比較的明瞭。

石室は見えないとの情報があったが小さく開口していた。墳頂に近すぎるようなので本来封土がもっとあったのかもしれない。

石室内部。かなり埋まっている模様。他の円墳と似た材質および構造のようである。

墳頂に露出した奥壁と思われる石材。墳丘は他の円墳のように積石塚状ではないように見える。築造年代に差があるためか。

高橋塚のさらに西に幅の広いトレンチ状の溝があった。道路予定地だろうか。奥に円墳跡の礫床のように見える部分がある。

以下、追って各古墳を掲載する予定。
埼玉県桶川市楽中遺跡見学会 ― 2012年09月01日
混雑する国道17号線バイパスをさらにバイパスするための「上尾道路」建設にともない調査中の桶川市楽中遺跡の現地見学会が催された。同遺跡は有名な熊野神社古墳の北東近くに在る。未だ調査途中であるが縄文時代と古墳時代の住居跡が複数検出され、古墳の石室の残存部がほぼ明らかになるなどの成果が示された。
第7号住居跡 非常に小型である。

第10号住居跡と第9号住居跡 こちら側の浅い部分の10号の後の時代に向こうの深い部分の9号がつくられた。中央左寄りには逆さに埋められた第1号埋甕が見える。

第6号住居跡 柱穴が無い住居跡。

第1号溝跡 近世の屋敷の境界溝ではないかとされる。

第3号住居跡 柱穴の位置が台形で炉跡が2箇所にある。

第2号住居跡 柱穴が浅い。左寄りに炉、右端に貯蔵穴がある

樋詰6号墳 正式には川田谷古墳群樋詰支群6号墳。7世紀の16mの円墳。削り残された下部のみが残存。

石室前部 砂岩の切石積みの複室構造。全体に小振りで狭そう。

奥壁から 現状では遺物無しだが、玄室底部の土の中に期待。

玄室付近 胴張りなど無く直線的な形状。

石材参考資料 比較のため、各種石材を展示していた。

住居跡出土品 左端は第5号住居跡のカマド中から出た土玉。

2012年春開花事情 ― 2012年04月29日
2012年は冬の寒さの影響で全国の各種花木の開花が遅れたが我々が訪れる近隣の公園等でもその一端が見られた。
千葉県関宿城博物館に隣接の茨城県五霞町、国土交通省江戸川流頭部中之島公園にあるコブシの大木。例年に比べ、最大でもこの程度にまばらに開花しただけで終わった。
千葉県関宿城博物館に隣接の茨城県五霞町、国土交通省江戸川流頭部中之島公園にあるコブシの大木。例年に比べ、最大でもこの程度にまばらに開花しただけで終わった。

咲いている花も既に萎れかけているものもある。

同公園内の桜は遅れはしたものの一応の満開。

茨城県坂東市旧猿島町の逆井城跡公園も例年「さくらまつり」が行われる名所。遺構の規模、保存状況、復原状況も良好。

満開の桜。逆井城跡公園には蕎麦店もあり、遺構だけの史跡公園とはまた一味違う工夫がなされている。

逆井城跡の櫓門と橋。名作アニメ映画「クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」のモデルになったとも言われるリアリティーを追求した復原。

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